鉄道史跡 姫路モノレール跡を歩く①

現在、姫路駅北側は再開発が進められている。2008年に姫路駅高架が完成し、旧ホームや旧駅ビルの解体工事が進み今年の3月に新しい駅ビルが完成している。現在はバス乗り場の整備や道路の再構築工事が行われている。写真は姫路駅西側から撮影したもので新しい駅ビルの姿や工事の状況がお分かり頂けると思う。
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再開発が進む駅前からひとつ路地を入ると、昭和の雰囲気が残る建物が残っており、くすんだ壁や錆びたシャッターなど時代を感じる風景を目にすることが出来る。上を見上げれば、大きなコンクリートの橋脚が所々に残っている。これが1966年から1974年まで運行されていた姫路市営モノレールの橋脚跡である。
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姫路駅から南西に約1.5kmのところにある手柄山で当時開催された姫路大博覧会の輸送機関として建設され、これ以外にも市内循環路線や鳥取まで結ぶ壮大な計画が進められていたというが、姫路博終了後は乗客も激減し僅か8年の短命路線となってしまった。当時の金額で10億を超える負債であったため、撤去工事も満足に行えず現在でも橋脚のみが残されている。
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私は、このモノレール跡を手柄山まで歩いてみた。300メートルぐらいあっただろうか?昔は商店街だったのか1階にはほとんどシャッターが備えられている建物が並ぶ。下の写真の建物からは軌道らしきレールが残ったままになっている。そしてコンクリートの橋脚は建物の中から建っているのだが店舗や住居の中がどのようになっているのか興味が湧いてくる。
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商店街の路地とは反対側の大きな通りからもこの軌道を見ることが出きる。姫路駅を出発し緩やかなカーブを描きながら直線部分は高低差がある軌道跡であるが、建物の頭上を通しているのだから同じ高さのままでも良かったのではないかとの疑問が湧いてくる。もしかすると、この行く手にある大きな建物との高さを合わせるためだったのかとも想像できる。
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巨大なマンションの中央部が大きな吹き抜けとなっており、その中に軌道が敷かれている。この吹き抜けのところは大将軍駅というモノレールの中間駅であった。将軍という名前はその昔、地名として存在していたと聞いたことがある。近くには大将軍という名の神社や地上を走る線路の高架橋の名も将軍橋という名前であった。博覧会への乗客輸送を目的に建設された路線であるのに、このような所に駅を設けた理由は全くもって分からない。
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コメント

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一つ知識が増えました

こんばんは。
新幹線で姫路を通過する度に窓から見えるあの橋脚は
一体何なんだろうといつも思っていましたが
モノレールの跡だったのですね。
実は恥ずかしい事に姫路にモノレールが有った事を
知りませんでした。
それにしても僅か8年という短命さに驚きました。

bigwest_1965 さま

おはようございます。
手柄山の旧モノレール駅舎が回送され、モノレールの展示や
資料などが展示してあります。
私も乗ったことがある、ぐらいの記憶しかなく当時の街の
風景などを展示室で見ると少し記憶が蘇った気がします。